せっかく日本に行ったので、北京では買えないお酒を購入してきました。
という訳で今回は、I.W.HARPER のお話です。
遭えてスタンダード、12年ではありません。
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« 久しぶりにラーメン | メイン | マロニーちゃん » I.W.HARPER 物語
せっかく日本に行ったので、北京では買えないお酒を購入してきました。
という訳で今回は、I.W.HARPER のお話です。
遭えてスタンダード、12年ではありません。
19歳のドイツからの貧しい移民少年アイザック・ウルフ・バーンハイムは、アメリカのペンシルバニアで雑貨のセールスの仕事など職を転々とした後、叔父を頼ってケンタッキー州にある大きな卸会社に入りました。
さらにドイツから弟を呼び1872年兄弟会社を設立し、ウイスキーの樽売りの行商をはじめました。
当時は酒といえば樽からの量り売りが普通でしたが、二人はいち早くガラスボトルの導入を決め、品質への信頼を高めました。
そしてドイツ流の自分の名前ではなく、アングロ・サクソン系の名前を冠した方がいいと考えました。
そこで親友フランク・ハーパーと自らのイニシャルとを冠したI.W.ハーパーと名づけたと伝えられています。
アイザックが雇ったセールスマンが大変優秀でした。
山高帽に燕尾服姿で「毎度ありがとうございます」とエレガントに礼儀正しく顧客をまわり評判となりました。
その姿は今でもボトルに描かれ、I.W.ハーパーのシンボルとなっています。
I.W.バーンハイムは、1886年から1915年にかけて世界中の博覧会にI.W.ハーパーを出品しました。
その絶対的な自信と揺るぎない品質で、5つものゴールド・メダルを獲得しました。
世界の市場で認められたI.W.ハーパーは、やがて自らのラベルにゴールド・メダルを印刷しました。
第2次大戦中は、産業用アルコール以外バーボンの生産は中止されていましたが、I.W.ハーパーは軍隊への供給をしていました。
「将校はハーパー、兵士は〇〇」と、評判の良いI.W.ハーパーは軍隊でも上クラス用だったそうです。
他人とは違う一歩を踏み出す事、、、とても勇気のある大切な事だと思います。
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